インドネシア/ジャカルタの生活や文化

執筆者: jakameshi

一度聴いたら癖になる!?インドネシアの奥深き大衆音楽、現代ダンドゥットの世界

2018/02/01

以前「現代インドネシアのポップシーンを飾る歌姫たち」の投稿で、インドネシアのポップシーンを少しご紹介しました。

上記の記事ではインドネシアポップスの最先端ともいえる、海外進出も積極的に狙っていくような女性シンガーたちをご紹介しました。

「最先端」とは物事の最も先端の部分で新しい面を指すのですが、見方を変えれば最近生まれてきた「表層」の部分とも言えます。

物事には「表層」があれば、当然「深部」もあります。今回はまさにインドネシアミュージックの「最深部」とも言える「ダンドゥット(Dangdut)」をご紹介します。

 

ダンドゥットっとはそもそも何か?

ウィキペディアではこのように説明されています。

1970年代初頭から、おもに都市部の若者を中心にして人気を博すようになった大衆音楽である。マレーシアのムラユー音楽や、インド、アラブの音楽、ビートルズを始めとするロックンロールなどの影響を吸収し、演奏にはクンダン、竹笛、スリンなどの伝統楽器とともにエレキ楽器が導入され、強烈なビートを生んでいる。ダンス音楽として若者たちに愛好され、初期においては反体制的な音楽と見られていたが、徐々に市民権を得てポップミュージックの代表的なスタイルとみなされるようになった。

端的にまとめると「反体制主義が生んだインドネシアならではのダンスミュージック」とでも呼べばよいのでしょうか。

捉えようによっては「インドネシア風のパンク」とも言えるかもしれません(パンクロックも反体制精神から生まれました)。

元々はロマ・イラマという方が作り上げたそうです。筆者が生まれる前の話ですが、昔の映像が残っていました。

アラビアンなメロディーが入っており、民族的な印象が強いですね。

この頃は体制に対する主張も織り込まれており、主に男性が歌うことが多かったそうです。

 

セクシーミュージックへと進化を遂げたダンドゥット

音楽ジャンルの成立から40年。ダンドゥットも当然時代に合わせて変化してきたのでしょう。

現在のダンドゥットのイメージは「セクシーダンスミュージック」です。

まず、現代では男性ではなく女性が歌うことがほとんど。さらにその誰もが「セクシーなお姉さん系」の女性たちで、歌詞やダンスも「性」を感じさせるものが少なくなくありません。

インドネシアはムスリム主体の国であり、地域によっては「バレンタインで異性にチョコレートをあげるのはダメよ!」というお触れが教育委員会から出ることがあるくらい「性」に対しては厳しい。テレビドラマや映画でも女性の胸元には「モザイク」がかかります。

そのような中でダンドゥットが一定の地位を維持しているのは、なんとも矛盾を感じなくもないのですが、「抑え込めれば抑え込むほど、はけ口が必要となる」ということなのでしょうね。

歌詞のメッセージは変われども、現代でもダンドゥットが「反体制的」な意味合いを持っていることには変わらないのかもしれません。

前説はここまでにして、現代インドネシア代表とも呼べるダンドゥトシンガーをご紹介します。

 

生き様がまさにダンドゥット、アユ・ティンティン(Ayu Ting Ting)

出典:idntimes.com

出典:idntimes.com

アユティンティンは1992年のデポック生まれ。写真ではスナックのママ的な風格が出ていますが、なんとまだ24歳です。それもそのはず、彼女はキャリアも長く、人生経験も豊富です。

2006年に若干14歳で出したシングル「Alamat Palsu(偽の住所)」がいきなり大ヒット。一気にスターダムにのし上がります。

その後、歌手活動を続けながらも2013年に21歳の若さで授かり婚。出産するも翌年には離婚。離婚後は恋多き女性として複数名の男性との浮名を流しています。まさに生き様自体がダンドゥット……

彼女はK-POPの影響を強く受けており、セクシー路線一色だったダンドゥット会に「コリアンファッション」を持ち込んだことでも有名になりました。

そんな彼女の代表曲がこちら。

このPVは「Alamat Palsu(偽の住所)」のリメイク版で、2年前に公開されていますので当時なんとまだ22歳。風格がやばいですね。そんな彼女もデビュー当時はまだウブさが残っています。デビュー当時の「Alamat Palsu(偽の住所)」はこちら。

同一人物とは思えません。人生経験は女を変えるんだな、と違う意味で印象的です。

 

早熟のシンガー、ザスキア・ゴティック(Zaskia Gothic)

出典:sisidunia.com

出典:sisidunia.com

ザスキア・ゴティックは1990年、ブカシ生まれ。

彼女は5歳から歌を歌いはじめ、(日本の制度でいうなれば)中学一年生の際にはすでにプロとして歌う機会を得ていました。

その後、様々な大会に出たりカフェやレストランで歌う日々を過ごす中、中学生にして早くも「歌の道」へ進む決意を固め中学を退学します。そして2011年、21歳の時に大手レーベルから本格的なデビューを飾ります。

彼女を有名たらしめたものは「アヒルダンス」と呼ばれる腰フリダンス。芸名の「Gotik」もGoyang Itik(アヒルダンス)という言葉からついたものだったりします。

以下は彼女の代表曲でもあり、アヒルダンスが見られる「Satu Jam Saja(1時間だけよ)」のミュージックビデオ。

確かにお尻フリフリですね。

さて、そんなダンドゥットシンガーとして第一線で活躍する彼女ですが、一方で「おバカキャラ」というネガティブなイメージもあります。

そのイメージが確定的になったのが、今年の3月に起きた事件。

TV番組のクイズトークで国家憲章や建国記念日を問う質問に対し、おそらくリップサービスとしてでしょう、彼女はかなりふざけた回答をしました。しかし、ここはインドネシア、その後「国を侮辱するなんてけしからん」と大炎上。謝罪だけでは済まされず、なんと国から訴えられ罰金刑に課される寸前までいきました。超有名人ということもあり最終的には事なきを得たのですが、それ以来少し冷ややかな目で見られるようになったようです。

 

ダンドゥット界の新星、チタ・チタタ(CITA CITATA )

出典:poskotanews.com

出典:poskotanews.com

最後は比較的キャリアが浅いですが、新星として有名になったチタチタタです。

彼女は1994年のバンドン生まれ。元々はジャズを歌っていたそうですが(筆者は見たことはない)、完全にダンドゥットシンガーとしてデビューしています。デビューした2014年に「Sakitnya Tuh Disini(ここが痛い)」が連続ドラマの主題歌に起用されて大ヒットし、一躍有名シンガーの仲間入りをしました。

彼女もやや問題児の一面を持っており、パプア州に対して問題発言をしたことでパプア州に呼び出しを食らって謝罪する、という事件を起こしています。でも、シンガーですからそれくらいエッジがあるくらいが丁度いいんですよね、きっと。もともとダンドゥットの成り立ちはパンクと同じようなものですしね。反骨してなんぼですよ、もう。

そんな彼女の代表曲はこちらです。胸に手をやる動きがキャッチーですね。

 

まとめ

今を代表するダンドゥットシンガー3名をご紹介しました。

文化的な話や「セクシーなのか下品なのかわからん」というような意見は置いておいて、筆者は一音楽ジャンルとして「ダンドゥット」は非常にユニークで素晴らしいと思います。

アラビアンからインドまで入り込んだ独特なメロディラインを残しつつ、柔軟に現代ミュージックと融合しています。色んな要素のごちゃまぜ感も、多様な民族と宗教で成り立つインドネシアらしい。

日本で作曲家として仕事をする友人にインドネシアの曲を聞いてもらった際も「チタチタタ」を最も高く評価していました。

いわゆる「知識階級」の若者達の間では、「ダサくてあんなの聞いてらんないよ」、「あれはハウスキーパーが聞く曲だよ」と言われることも多いのですが、「自国固有の文化としてもっと大切にしてほしいなぁ」と外国人ながら考えてしまいます。

まぁ筆者の心配はよそに、イスラムの少し厳しめな社会がある限りその出口としていつまでも存在し続けるのかもしれません。

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