日記・雑談

執筆者: jakameshi

インドネシアの部屋とGと私

2018/02/01

このブログは基本的に誰かの役に立つ情報を意識して書いていますが、たまにはどうでもいいことを思いつくままに書いてみます。

本当にくだらないので忙しい人は読まないでください(でも渋滞の暇つぶし程度にはなるかもしれません)。

あと虫が苦手な人も不快にさせる恐れがあるので読まないでください。

 

 

小茄子事件

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先日未曾有の恐怖を体験しました。

その日はいつもと変わらずオフィスで仕事を終え、退室時に給湯スペースでグラスを洗っていました。

すると排水溝の中に小茄子の残骸を発見。

「誰だよ茄子放置したやつ」と心の中でつぶやきつつ箸で茄子を広いあげたのです。

「茄子にしては複雑な曲線をしているなぁ」なんて思っていたところ、

………

………?

茄子じゃない!!!

そう、茄子ではなく干からびた(でも微妙に水分でテカっている)G(クチョアさん)でございました。

※クチョアはインドネシア語でゴ〇ブリのこと

Gが大の苦手な筆者は一人でキッチンの周りをウロウロ。インドネシア生活でだいぶ慣れたとは思っていても、このように不意を突かれるといまだにダメなんです。

どう処理したものか?

排水口の深さを考えると割りばし的なものが必要ですが丁度良いものがなく。

悩んだ挙句に普通のお箸でつまみ上げて処理した挙句、箸を捨てました…(とてもその箸で何かを食べる気にはなれず)。

 

インドネシアのGは人を恐れない?

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話変わって、筆者が住んでいるのはインドネシアの首都であるジャカルタです。

インドネシアは年中常夏の亜熱帯気候の国で、一年の半分は雨季で雨がザーザー降ります。

首都ジャカルタでは家の中と外の隔離レベルも低く、またあらゆるところで屋台が営業しています。さらには道端に食べ物やごみが落ちまくっていることもあり、まさにGが生息するのには最適な環境です。

最適な環境のせいか、ジャカルタで出会うGは栄養が行き届いているのか、マルっとしていて非常にでかい。

ただ、人間に出会っても逃げないんですね。

東京のGだと、出会うと「ピタッ!」と止まってこちらの様子を見ます。その後、一瞬のスキをすいて「サササッ!!!」と視界から消えますよね。「ヤベェエエエァファdファj!!!」という彼らの動揺した心の声すら聞こえてきます。

家の中では顕著ですし、たとえ外で出くわしたGだとしても同じ反応を示します。

ところが、インドネシアのGは筆者が感じる分にはあまり人を恐れていない気がします。

「ピタッ!」と止まるところまでは同じですが、一種のスキをついて逃げるアクションが遅かったりひどいときは無かったり。漫然と「あ、すいません、今移動するんで」的な冷静な雰囲気を醸し出しています。あまり緊張感が無いんですね。

この天然生育室のような贅沢な環境で、心の余裕すら感じるの「オーガニックなG(※)」はなぜ生まれるのか?と疑問に思ったことがあります。

※ちなみにオーガニックなのでインドネシアのGには「バルサン」がよく効きます。中国のGはケミカル対応していて「バルサン」が効かなかった!という個人的報告を受けています。

 

インドネシアの人もGを恐れない?

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家の外と家の中の境目が緩かったり、外がオーガニックなゴミで溢れていることもあり、接触頻度が非常に高いのでしょうね。

インドネシアの人は日本人ほどGを恐れない、という印象を持っています(日本人が潔癖すぎという噂もありますが)。

特に驚いたのは子供たち。

とあるローカル風のフードコートで茶を飲んでいた時、エントランスからそれはもう発育のよいGが「今日やってる?」的な雰囲気で店内に侵入。

当時まだインドネシアに来たばかりの筆者は抵抗力がゼロで、椅子から飛び上がり当惑していたところ、子供たちが集まってきてGの触覚を「ひょいっ」とつまみ、外に移動させました。

お母さんたちも慣れたもので「きちんと手を洗いなさいよ」と促したものの、至極普通な様子。

子供たちはもちろん、やっぱりお母さんも慣れてるなーと感じたわけです。

日本みたいに「ぜったいぶっ殺すぅう!」とならないのできっとG達にも余裕があるのでしょう。

 

なぜ人はGを忌み嫌うのか?

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人生で一度くらいは「人はなぜGをあそこまで嫌うのか?」と考えたことがあるでしょう。筆者の場合は「嫌い」というよりも得体のしれない「恐怖」すら感じます。

諸説あるのですが筆者はかたくなに「DNA刷り込み説」を信じていました。

DNA刷り込み説とは・・・まだ昔人類がサルだった原始時代、Gは1mほどの大きさがあり我々先祖の捕食者だった。その頃の恐怖体験がDNAレベルで刷り込まれており、現代でも人は潜在意識レベルでGに恐怖を感じてしまう、という説です。恐ろしすぎる……。

ただ、動じないインドネシアの人々を見ているとやっぱり「イメージ」の問題なんだろうな、と常々思います。

「雑菌だらけ」というのは潔癖症の日本人にとって「悪魔の権化」と同レベルの意味を持ちます。

さらに、筆者が生まれ育った北国ではGはほとんど生息しておらず、「夜な夜な耳から入って脳を食べる」のような嘘を東京に住む叔母から吹き込まれ、子供心に「東京には恐ろしい殺人虫がいる」なんて信じていたりもしました。

また、ゴ〇ブリという名称もよくない。タイピングするのすら嫌になります。これがもし「ピカチュー」みたいな名前だったらここまで忌み嫌われないかもしれないですよね。

 

闘争か共存か

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飛躍的に進歩する人間の技術を用いれば生物一匹絶滅させることもできそうなものですが、Gだけは難しいのかもしれません。核戦争でも生き残ると言われているくらいです。

となると、もしかすると人類がGに対して取るべき道は闘争ではなく共存なのかな、とも思います。忌み嫌わずに共存する道を探る方がもしかすると人類にとっては幸せなのかもしれない。

そう、イメチェンです。

 

広告代理店とかに頼んでみたらどうなるのだろう?

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例えば、秀逸なイメージ戦略で東京オリンピックを誘致するような某大手広告代理店(D通)の最強プランニングディレクターとかに「Gのイメージアップ」を目的としたブランド広告戦略を立ててもらったらどうなるんでしょうか?

呼び名を変えて、擬人化してキャラクターにして、アニメにして、ゲームにして、「実は思ったよりも汚くない」的な研究とかを発表して、「実は世界の役に立っている」みたいな情報をTV番組とかに仕込んで、ポケモンGoとかにも登場させて……とかまでやれば筆者含む人々の意識は変わるのだろうか?

うーん、変わらないかな。

やっぱり嫌いなものは嫌い。やっぱり先祖が食べられていたんだろう。

なんてことをオフィスからの帰りに渋滞のタクシーの中で考えた、というくだらない話でした。

おしまい。

最後までくだらない話にお付き合いいただきありがとうございます。

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