日記・雑談

執筆者: jakameshi

言葉の壁を乗り越えない限り海外駐在はどこに行っても暇なのかもしれないという話

2018/02/01

久しぶりに日記的な投稿です。

海外駐在と娯楽というテーマで最近ずーっと頭を巡らせていたのですが、一つの結論に辿り着いたので整理の意味でまとめてみました。

タイトルが少し強めなので前置きしておきますが、別に筆者は「ジャカルタ生活リア充」ということではありません。

お付き合いしているインドネシア人の彼女がいるので、色々なところに出かける機会はありますが、それでも「単体」で取り残された時は「うーん何しよ?」となることがけっこうあります。

ある日「暇って何?なぜ?どういうこと?」と哲学的に物思いに更けていったところ、自分なりの結論が出た、という話です。

ジャカルタには娯楽がない?

よく、ジャカルタには娯楽が無いと言われます。他東南アジア諸国もそうかもしれませんが、駐在員の方はもっぱらゴルフに励む人が多いです。

筆者はゴルフをしないのですが、ゴルフをしていない場合「え?じゃあ週末は何しているんですか?」と会話が流れていくほど、ジャカルタの余暇&娯楽=ゴルフ、という構図が出来上がっています(ブログのことは秘密にしているので、すごい”何もしていない人”と思われているのかも…)。

それほどまでに「ジャカルタには娯楽が無い」と思われているのです。そして娯楽が無い≒つまらない、と。

実際、筆者もジャカルタには娯楽が無い、とずっと言い張ってきました。だって娯楽が無いんだもん。

周りに聞いてもそう言うし、インドネシア人に聞いても「うーんそう言われると、ないかもねぇ」と言われるし。

そして先日、なぜかふと気になってしまいました。

「他の国に住んでいる日本人ってどうなんだろう?」と。

 

クアラルンプールもホーチミンもシンガポールも娯楽はない?

シンガポールなぞ、ジャカルタと比べると華やかなイメージがありますし、近隣のクアラルンプールも先日少し出張した際は街が綺麗で楽しそうなイメージでした。

ところが、いざ調べてみると意外にも他の国にしたって「暇」という話が出てくるものなんですね。

シンガポールも、クアラルンプールも、ホーチミンも。

さらに驚いたのは欧州にしても人によっては「娯楽が無い」や「暇」という意見がありました。

逆に娯楽として長期滞在者が何を楽しんでいるかと言うと、アジア諸国の場合は傾向が似ていて、

  • 映画
  • カフェ巡り
  • 飲食店巡り
  • マッサージ三昧
  • 釣り
  • ゴルフ(兼交流会)
  • 麻雀(兼交流会)
  • カラオケ(一部趣味、一部は接待)
  • カジノ(一部の国のみ)

など。

観光スポット巡り、などもありますがそれは初期ボーナスのようなもので、日常的な週末の過ごしか方には入りません。

こうして並べるとインドネシアに存在しない「カジノ」は別として、他のモノはだいたいジャカルタと変わりません

 

東京は別格として、日本にいた時は何をしていたのか?

もう一つの話として娯楽の話をされた時にいつも頭をよぎるのは「日本にいた時は何をしていたのか?」ということです。

筆者はジャカルタ前は東京に10年住んでいました。

正直、東京は別格だと思います。世界有数のメガシティで、カジノこそ無いものの毎週末どこかしらでイベントも多い。東京とジャカルタを比べるのはさすがに厳しい(都市圏人口だけ見るとジャカルタは東京首都圏に次ぐ2位ではありますが…)。大阪あたりも同じかも。

ただ、それ以外の都市に住んでいた場合はどうでしょうか?

例えば筆者も所縁がある札幌(一時期住んでいました)。地方都市としてはかなり大きな都市です。

札幌に住んでいた人は、毎週末どこかイベントに行っていたのでしょうか?

それとも毎週末どこかテーマパークにお出かけしていたのでしょうか?

「YES!自分、イベントが無いと死んじゃいます!」という人もいるでしょうが、多くの場合はNOでしょう。

もちろんイベントに繰り出す時もありますが、そうではない「日常的な週末」を過ごしていた比率の方が多いのではないでしょうか?

趣味に没頭した人もいるでしょうし、お友達や家族で買い物にお出かけしていたかもしれない。時には同僚の家でホームパーティーをしたかもしれない。時にはお散歩を楽しんだかも(←これは確かにジャカルタではできない!)。

筆者は日本では一人暮らしをしていたのですが、

  • 勉強(けっこう真面目だった)
  • 料理(趣味)
  • 友人とお茶や飲み会(お酒大好き)
  • 合コン(年齢的に付き合いが多くて←これは…ジャカルタではなかなかできないかも)

あたりをしながら過ごしていました。

何を言いたいかというと、別に「娯楽(≒娯楽施設やイベント、催し物)」に依存していたわけじゃない、ということです。

別に毎時毎時「娯楽」が無かったとしてもそれなりに「充実」を感じていたわけです。

じゃぁ日本と海外で何が違うかと言うと、当たりまえですが「母国」か「異国」かの違い

今回のテーマに沿ってもっとかみ砕くと「友人・知人の存在」と「言葉の違い」なのかな、と。

 

「余暇の満足度」は接触できる情報量と友人の数で決まる

一日中家に引きこもってテレビやドラマを見ていても楽しかった~、と感じるのは言葉が100%わかるから。触れている情報の100%が刺激として受け取れるから、です。

ジャカルタの場合は家に引きこもってテレビを観ていても、基本的に言葉も文化も違うのであまり面白くないでしょう(日本のテレビが見れれば別)。

日本での買い物が楽しいのも、言葉がわかったり、店員と何気に言葉を交わせたり、という部分もあるでしょう(同じ文化圏なので欲しいものが多い、ということももちろんあります)。

テレビにしろ、買い物にしろ「接触して理解できる情報量が多いから楽しい」のだと思います。

また、特にイベントごとが無くてもちょっとした口実で友人と会えたり、ホームパーティーができるのは、そこに積み重ねてきた友人知人がいて、共有できることが多いから。

独りではパーティーなんてできませんし、独りでお茶飲んでても…まぁ楽しむにも限界があります。

特にでかいイベントが無くたって「誰かと何かを”気軽”に共有できる環境があるから楽しい」のだと思います。

何が言いたいのかというと、小見出しでも書きましたが「結局余暇の充実度って接触できる情報量と友人の数で決まるのかも」ということ。

かみ砕くと「言葉がわからないと日本以外のどこにいたって面白くないし、何かを共有できる相手がいないと何もできないし、何かをしたって退屈に思えるのかも」ということ、です。

そして、ダメ押しですが筆者が「今日暇…」とたまに感じてしまうのは、言葉の理解が足りなく、結局まだまだこの国には馴染めてないんだな…ということですね…。3年経ってもまだそんなものか、と思うと少しショックです。でも、実際インドネシア人の「野郎(男)」で「何でも相談できるマブダチ」とかまだいないしなぁ。友人はいるにはいますが、日本の友人と比べるとまだまだ距離が遠いのは事実です。

 

生活の充実度を決めるのは金よりも社会との接点、なんだなぁと思った

少し話は飛躍しますが色々と考えを巡らせると、人間とはつくづくコミュニケーションの動物だな、と感じました。

動物の生存競争の話になると、人間が爪も牙も無いのにここまで広がったのは社会性という武器があるから、という意見を聞くことがあります。

まさにコレ。

人間はコミュニケーションが無いと退屈と感じるのでしょう(※)。

※必ずしも他者が介在していなくても、言葉が理解できる、ということも本記事ではコミュニケーションに含めちゃってます。

言葉がわからなくて、他者との接点の数が少ないと、どれだけ「娯楽」があったとしても「暇」に感じてしまうのかもしれませんね。

極端な話、ルーブル美術館の隣に住んでいたとしても楽しいのは最初だけで、すぐに暇になってしまったりとかあり得るかも。

そして唐突ですが、東南アジアにいる駐在員は日本人も西洋人も、時には韓国人だって手当が付くので母国にいた時と比較するとお金持ちが多いです(筆者のような独立独歩部隊は普通に貧乏ですが)。

ただ、使える金が多くたって社会(この記事では≒情報とか他者とか)との接点が無いと生活は充実しない、という証拠なのかも。

生活の充実度を幸福度と見るのであれば、人生は金も必要だがやっぱり金だけはないんだろうな、なんてことを感じます(でも最低限金が無いと選択肢も無いので辛いのは事実)。

 

まとめ

今回の内容って人によっては「何言ってんだコイツ、そんなの当たり前だよね」という内容だと思います。

実際QAサイトとかを見ると「海外駐在がヒマなのは当たり前、その分含んでの海外赴任手当です」なんて書き込みがありました。

ただ、筆者的には「そういうことか」という気づきがありました。

今度誰かにジャカルタって暇ですね、と言われた場合にこの意見をぶつけることで「どうしたら面白くできるか」という前向きな話になるかもしれません。

長くなりましたが、兎にも角にも結論は「インドネシア語の習得、もう少し気合入れてやるわ」ということ。

言葉の自由度が上がり、もっと現地の方々と共有できることが増えた時に何が見えるのかが楽しみです。

 

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