日記・雑談

執筆者: jakameshi

ジャカルタのテロについてジャカルタの中から考えたこと

2018/02/01

2016年1月14日、ジャカルタの中心地、タムリンエリアでテロが発生しました。

テロ発生時、筆者は近隣の商業施設におり、その中で知りました。まさに紙一重。一歩間違えばまさに現場に立ち会うことになり、最悪の場合犠牲になっていた可能性もあります。人生でここまでテロの恐怖を感じたことはありません。一般人、警官含め犠牲者が出ているため、一様に述べることはできませんが、自分、そして自分の周囲に犠牲者が出ることがなく本当によかった。

あの日から一週間が経過しました。

海外ニュースでは引き続き続報が流れています。

また、バリにテロ実施予告が入ったとか。

一方でジャカルタ市内はすでに平穏を取り戻しつつあります。

またいつ発生するかもしれない、という気持ちもありますが、だからといって外に出ないわけにもいかない。特にインドネシアの現地人は明るく、普通に生活をしています。

規模が小さかったこともあるのでしょうか、それとも国民性なのでしょうか、テロ発生時、銃撃戦を背景にセルフィーを撮っていたり、ニュース映像が流れるモニターに集まり大興奮していたり、たくましいというのか、不謹慎というのか・・。
さすがに、おいおいそれでいいのか?と思うところはありますが、一言だけ言えるのは日本人よりも彼らは気にしていない、ということでしょう。

筆者はジャカルタにいるので日本の様子はわかりませんが、ニュースを見る限り、インドネシア関連のニュースはほぼテロ関連で埋め尽くされています。筆者の周囲でも、日本からの出張予定はすべてキャンセルとの連絡もあり、すっかり、ジャカルタ→危険、インドネシア→危険、というイメージがついてしまいそうです。

事実、各国の過去のテロを見る限り、一度起こった国ではいつ再発してもおかしくはないので、いくら街が平穏を取り戻したからといって安全とは言えませんが。

中に住んでいる外国人として1つ思うのは、インドネシアで普通に暮らしているムスリムの方々に対して偏見が生まれなければいいな、ということです。ただでさえ宗教に疎い日本人にとって、イスラム教は理解しがたいものなのか、時折今でもIS=イスラム教、と端的に捉えている人もいるようです。

イスラム教=排他的、イスラム教=原理主義、など。

また、アメリカでは近年ムスリムが増えていますが、テロのイメージで様々な偏見が生まれているようです。

本来イスラム教は寛容な宗教ですし、特にインドネシアは6つの宗教が共存し、お互いリスペクトしながらバランスを保っています。また、ISとインドネシアは同じスンニ派と言えども、彼ら(ムスリム)から見てもISは殺人集団で、相容れない存在です。

インドネシアがテロの可能性に晒されてるのは事実です(予告も来ているし、声明も出てるし)し、筆者はその道の専門ではないのでインテリジェントな洞察はできません。ただ、報道量につられるようにインドネシア自体、インドネシア人に変なイメージがつかねばいいな、と思うこの1週間でした。

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